静龍の庵

日座月殺

私は生月中殺と日座中殺をあわせ持つ「宿命二中殺」の人である。

生月中殺というのは、命式の三柱のうちの真ん中(月柱)が中殺されている場合を指す。具体的には、生まれ日の干支から算出される自身の天中殺月に生まれている人が生月中殺となる。

たとえば下記のような命式を持つ人の場合。
生まれた日の干支が甲子で、これは戌亥天中殺グループに属する。そして、月柱(生まれた日を表す)の地支が戌なので、この人は生月中殺よ、ということになる。

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月柱は自分の心や家系の流れ、目下、精神の未来などを表し、そこが中殺されるため、自分の心をきちんと把握できない、家系の流れから外れてしまう、部下や子供とうまくいかない、きちんとした居場所を作れない、思考や行動の方向感が定まらない、というような現象が出る。
実際にどう現象が出るかは他の要素との兼ね合いもあるのだろうけれど、概ねそういうことのようである。

日座中殺はちょっと特殊で、60ある干支のうち甲戌と乙亥のどちらかが日柱(生まれた日)に出る場合を指す。自分を支える座下が中殺されているため、家庭、配偶者(夫・妻)、結果に天中殺現象が出て、普通の家庭を作れない、結婚が上手くいかない、ものごとのまとめが下手、自分が成し遂げた仕事の成果が評価されない、というようなことになる(※)。

生月中殺と日座中殺が一緒に出るということは、自分の心は把握できないわ、家系の流れからは外れるわ、部下や子供とうまくいかないわ、居場所はないわ、その上方向感もなければ家庭も不安定で、そもそも結婚が上手くいかない。まとめは下手だし結果は評価されないし、というハンデを負う、ということである。
自分で書いていてもゲンナリしてくるような惨憺たる状況だが、言われてみれば、確かに私の人生はそんな風であったかもしれない。

ただ、そうしたハンデを背負いながらも強く生きていけるようにということで、日座中殺には何かしら武器になるような才能、知恵などが授けられるため、日座には一芸に秀でた人が多いとも言われる。私が一芸に秀でているかはよく分からないけれど、一応物書きとして食っていけているので、少なくとも文章を書く才能は授かったと言えるのだろう。

生月中殺は理論上1/6の確率で出るため、12人集まれば自分のほかにもう一人くらいご同輩がいる計算になる。
一クラス40人ならクラスの中に6、7人生月中殺がいる。

日座中殺はもうちょっと少なくて、60ある干支のうち二つだから1/30。
60人集まってはじめて自分のほかにもう一人仲間がいる計算になる。

日座中殺と生月中殺のダブルヘッダーが出る確率は、1/6 × 1/30 で 1/180。
一クラス40人、一学年3クラスの中学校なら、全校で二人きり。
そう考えると日座月殺はそこそこの珍種で、実際、私は今のところ日座月殺の人にお目にかかったことはない。

同じような匂いのする人には、なんとなく心を惹かれるものである。
全校で二人、といわれるとやたら少なく思えるが、日本の人口を1億人とすると555,556人くらい日座月殺がいる計算になる。これなら出会えそうな気がしなくもない。
いつか同じ日座月殺の人に巡り合ったら、ガサツに笑い飛ばして生きてきた過去の苦難の数々を肴に、心ゆくまで酒を酌み交わしてみたいものである。

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※結婚については、異座夫婦といって、国際結婚、女性が年上、顕著な年の差婚、子供がいない(いても女の子だけ)、といった「ちょっと普通とは違う」形を取るとうまくいくと言われている。