ヴィパッサナーの前段階でやるサマタ瞑想というので、「生きとし生けるものが幸せでありますように」という事を念じている。
しかし、人間以外の生き物の「幸せ」がどういうものかは、なかなか理解しづらいものだと思う。
たとえば、鳥をカゴに入れて飼う事について、
「大空を飛び回る自由を奪うなんてかわいそう」
という意見を持つ人は少なからずいるだろう。
でも、人が思うほど、鳥は大空をバタバタ飛び回りたい訳ではないのではないかと、わたしは思っていたりする。
うちのコザクラさんはカゴから出ても、用がなければずっと私の肩に止まっている。
私がいなければ、カーテンレールの上に止まってじっと部屋を眺めている。
体の小さな小鳥にとって、動くこと=エネルギーの消費は生命維持に対する直接的な脅威である。
大きな動物のように脂肪をたくさん蓄えていないから、動くとあっという間にエネルギーを消費してしまう。エネルギーを消費しきるまえに餌を捕って食べなくてはならないが、野生の小鳥にとって、天敵に捕まらないよう餌を探すのは、大きなコストの必要な行為だと言えるだろう。
動かなくてもいいなら動かずにいたい、というのが、小鳥にとっての本音ではないだろうか。
その事と、人間の勝手な都合で鳥を捕まえて自由を奪うことの良し悪しとはまた別の問題だけれど、人間以外の生き物のことを考えるときは、少なくとも我々と同じ基準で判断することを避けるべきなのかもしれない。
彼らの幸せがどんなものか、私にはわからない。
でも、わからないながらに彼らが幸せであればいいなと、とりあえずそんな風に念じている。