静龍の庵

占いと未来予測

私は占いによる未来予測にあまり関心がない。

「あまり」というのは控えめな表現で、実際は「ほとんど興味がない」と言った方が近いかもしれない。

もともと結末が予測できた時点で小説を読むのをやめたくなるタチなので、先が分かってしまったらその先生きていくのが面倒になりそうだというのが、その一つ目の理由。そして、そもそも未来予測などということは不可能ではないかと考えているのがもう一つ。

現象は一瞬一瞬の行動の結果として作られていくものだし、不確定性原理のような法則がこの世のあらゆることに対して作用するのだとすれば、占者が関与した時点で状況は変化し、その先に起こることも変わってくるだろう。

そういう意味では「占いには未来を変える力がある」という言葉には、ある種の真実があるかもしれない。

算命学では運勢の流れを見ることができるが、運勢というのは、この先に何が起こるかを記した台本ではない。人が持つ宿命の気とその時々に巡る気の作用によって、その人がどのような心境になるか、その結果どのような行動に繋がり、それがどういう結果を招きやすいか、といった傾向を見るものだと思う。

自分の運勢を把握しておけば、「今は注意散漫になりがちな時期だから、気持ちを引き締めていこう」というように行動を律することができる。そんな風に行動の指針・参考とするのが、運勢のうまい活用方法ではないか。

私たちは何か気がかりなことがあると、それがどのような結末になるのかをどうしても気にしてしまう。でも、大運や年運の表とにらめっこして運勢の流れを読んだところで、何年後に何が起こるかを正確に予言することなどできないだろう。

それよりも、自分がどちらへ進みたいのかということを明確にし、そちらの方向へ舵を切って、やるべきことを一つずつやっていくほうが建設的だ。

2つの点の座標が決まれば、直線を引くことができる。
これまでにやってきたことが分かっていて、これから行きたい方向が明確であれば、その二点を結んだ先に起こりうる未来がある。あとは、引かれた線を踏みしめながら歩いて行けば良い。

未来は予測するものではなく、自分自身の行動を積み重ねて作っていくものなのではないか、と、そんな風に思うのだ。